臼井淳一コーチの経歴と高校大学はどこ?小池祐貴との出会いは?

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2019年7月20日にロンドンで行われた、陸上ダイヤモンドリーグ第10戦第1日の男子100m決勝で小池祐貴選手が自己記録となる9.98秒を記録し、日本人で3人目となる9秒台を叩き出しました。

そんな小池祐貴選手のコーチをしているのは臼井淳一さん(61)です。

小池祐貴選手は臼井淳一さんをコーチとして迎えることで急成長しました。

そこで今回は小池祐貴選手のコーチである臼井淳一さんについて、経歴や高校大学などの学歴と小池祐貴選手との出会いのきっかけをまとめました。

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小池祐貴選手が日本人3人目の100mで9秒台を記録

7月20日にロンドンで行われた、陸上ダイヤモンドリーグ第10戦第1日の男子100m決勝で、ジャカルタ・アジア大会200m金メダリストの小池祐貴選手が自己新記録の9.98秒のタイムで4位となりました。

これで桐生祥秀選手、サニブラウン選手に続く、日本人3人目となる9秒台ランナーが誕生しました。

男子100メートル決勝はジャカルタ・アジア大会200メートル金メダリストの小池祐貴(24=住友電工)が、自己記録となる9秒98(追い風0・5メートル)で4位になり、日本人3人目の9秒台ランナーとなった。前日本記録保持者の桐生祥秀(23=日本生命)は10秒13で7位だった。200メートルが本職の小池だが、自己ベストを一気に0秒06縮める会心の走りで海外の強豪とも互角に戦えることを証明した。

日本人選手として3人目の9秒台ランナーとなった小池だが、快挙にも淡々としていた。「うわ、4着かという感じです。自己ベストが出て良かった」。本職の200メートル以上に今季は100メートルに力を入れてきた。陸上のワールドツアー、ダイヤモンドリーグという世界最高峰の舞台で名だたる強豪たちに「コイケ」の名前を売った。

快記録の予兆はあった。普段、体があまり動かないという前日練習でも「1、2割増しで体が動く。早めに波が来ちゃったかな」と好調を予感させていた小池はスタートから鋭く飛び出した。欧州遠征でつかんだという後半型の走りで疾走。終盤も粘り強く走り、9秒93で優勝したシンビネ(南アフリカ)、9秒95で2着のヒューズ(英国)とも互角に競り合った。

引用:スポニチ

小池祐貴選手が9.98秒を記録したときの走りをテレビで見ましたが、堂々たる走りでした!

中盤ぐらいまでは1位を走っていたのではないでしょうか?

最後に他の選手の追い上げもあり、惜しくも4位という結果にはなりましたが、決勝の舞台で9秒台の走りをすることができたのは本当にすごいことです!

小池選手は「うわ、4着かという感じ」と話していることからも、この100mは小池選手の中でもいい走りをしていたという感覚があったのでしょう。

なにはともあれ、日本人で3人目の100m9秒台の選手が誕生ということで、サニブラウン選手の9.97秒に続く歴代2位の日本記録となりました。

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臼井淳一コーチの学歴や経歴は?

日本人3人目の9秒台をマークした小池選手のコーチをしているのは臼井淳一さんです。

小池選手は臼井淳一さんにコーチをお願いしてから急成長していったそうです。

そんな臼井淳一さんはどんな人物なのでしょうか?

 

臼井淳一のプロフィール

  • 名前:臼井淳一(うすい じゅんいち)
  • 生年月日:1957年10月6日 
  • 年齢:61歳
  • 出身:神奈川県相模原市
  • 学歴:神奈川県立相模台工業高等高校→順天堂大学
  • 競技:専門は走幅跳

経歴

高校時代は三段跳びで全国大会優勝を果たしており、400mでも当時の高校記録をマークしていたそうです。

また1973年~1975年の3年間のインターハイで異なる5種目に入賞するという記録を持っているようです。

高校卒業後は順天堂大学に進学し、1978年アジア大会の走幅跳で7m76cmの記録で2位になりました。

また1600mリレーで金メダル、400mリレーでは銀メダルを獲得しています。

高校時代からもそうですが、多くの種目で実力を発揮していました。

 

翌年の1979年アジア選手権では、走幅跳で7m97cmで優勝し、約1か月後に8m10cmという当時の日本記録を樹立します。(現在の日本記録は8m25cm)

大学卒業後はデサント(スポーツウェアメーカー)へ入社。

1980年のモスクワオリンピックの代表に選ばれるも、日本は不参加で出場できませんでした。

1984年のロサンゼルスオリンピックでオリンピック初出場を果たし、同大会の走幅跳で7m78cmを跳び7位に入賞します。

1988年のソウルオリンピックでは予選落ちに終わり、現役を引退しました。

 

その後は会社員として働くも指導者として陸上界に戻ってくると、臼井淳一さんは指導者としても実力を発揮し、その指導力に注目が集まりました。

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臼井淳一と小池祐貴との出会いは?

小池選手は高校2年生の冬から指導者に頼るのではなく、自分で練習メニューを考えていたそうです。

高校卒業後は慶応義塾大学に進学し陸上を続けるも、故障等もあり、なかなか思うように結果が出なかったそうです。

そんなとき、客観的なアドバイスが欲しいと思っていた小池選手は慶応義塾大学の川合監督の仲介もあって、臼井淳一さんにコーチをしてもらえるようにお願いしたそうです。

そこから小池選手は臼井淳一さんの元で指導を受けることで急成長し、200mや100mなどで記録を出すようになっていったそうです。

2年前に走り幅跳び元日本記録保持者の臼井淳一氏をコーチに迎え、急成長した。慶大時代は自己流で「オールアウトのような練習を繰り返していた」という。疲れてヘトヘトになるまで練習することで、ケガも多かった。客観的な視点からアドバイスが欲しいと、臼井氏を口説き落とした。最初はビデオを送り、助言をもらっていたが現在では専属コーチとして指導を受けるようになった。臼井氏は「去年よりは全ての面において良いと思う。良い方向に向かっている。あとはケガさえしなければいい」と愛弟子を最大限評価している。

快挙に酔う暇もなく、21日は200メートルと400メートルリレーに出場する。「ほぼ思い描いた現状での完璧な走りだった。今後が楽しみ」。もう一度爆発する準備はできている。

引用:スポニチ

ここで小池選手が臼井淳一さんに出会えたことが今回の記録樹立につながったのは間違いないですね。

こういうのを運命の出会いというのでしょうか。

これをきっかけに臼井淳一さんの指導者として注目が集まるのではないでしょうか?

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まとめ

以上、小池祐貴選手のコーチの臼井淳一さんについて、経歴や高校大学などの学歴と小池祐貴選手との出会いのきっかけでした。

臼井淳一さんがこれからの日本の陸上界に100m9秒台の選手を輩出してくるかもしれないですね!

今後も小池祐貴選手と臼井淳一コーチの活躍に目が離せません!

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